少年期の壱
衣擦れのような風のそよぎに落日の太陽が鮮やかな色を写し木の葉が一瞬驚いたようにきらめく、
遠い山並のむこうに朱をはいた雲が薄墨色に衣替えした時、ふわりと夜が訪れた。流れるような刻の
移ろいに瞬きする間もなく終焉を迎え又始まる。
という書き出しは作者のかっこつけで本当は自分自身のありふれた過去の出来事である。というよりも
多少悲しみの伴った馬鹿げた悪事の数々というべきか、ともあれ出発してみよう。
突然5、6人のおまわりさんが家の中になだれ込んで来た。
「ヨシユキ、この書類を裏庭で燃やせ、すぐだ!」
父の怒鳴り声と同時にひとたばの紙が私の両手に持たされた。
大急ぎで台所の引き出しを開けマッチを見つけると裏庭に走りこんだ。
マッチを持つ手がふるえ、3本目でやっと火がついた、白い煙の後にパッと炎がでた。
私の耳には油蝉のうなるような鳴き声しか聞こえなかった。
ピンクの百日紅の花びらが緑の芝生に毒々しく色を染めていた。
その日より我家から父の姿が消えた。
昭和33年、小学校4年生の夏だった。
私はタンスの中に無造作に入れてあったお金を台所の流しで燃やした、
今の貨幣価値で百万円位あっただろう。
父の変わりにお金が残ったのが憎かった。
長期入院していた母は家庭という絆からすでに切り離されていた。
後に知る事になるが、その頃すでに戸籍上の母では無かった。